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転院させてきました

まあなんともあわただしい1日でした。
早番でしたので朝6時から仕事をし、8時半になったら遅番の人が来るのでその人に仕事を任せて中抜けして水戸医療センターへ。
まずは退院の手続きをしなければいけないわけですね。
昨日の20万を持っていざ・・・

いやぁ、なんていうか・・・揉めたね(笑)
支払いは揉めるわね、大体金持ってないんだからww
とりあえずはっきりしたのは2週間以内にざっと40万程度の金を用意しないといけないといけないということ。

マジかよ、なんて日だ( `ー´)ノ

40万・・・
厳しいなぁ。
40万で何とか収めるために、膨大な書類も添付しないといけないの・・・
僕が書くだけではすみませんのでね、いろいろと手間がかかります。
金を集めて書類を作って・・・か。
うぅぅ、気持ち悪い(*_*)

おかげですっかり気持ち悪くなりましたね。
まあいい、これは置いておこういったん。
今日はまだやらなければいけないことが山積みなんだよ。

とりあえず、なんとか話をまとめてようやく退院。
お世話になったので記念にね・・・

1449223743625.jpg

病室は556号室でした。

1449223752841.jpg

医療センターよ、さらば。
いい天気だったけど、風が強くて寒かったなぁ・・・

というわけで、途中マックによったりなんかして、無事次の病院へ。
そこはリハビリ専門の病院でしてね、とてもきれいな病院でした。
長男坊もすっかり気に入ったみたいで、早くも満喫しておりましたね。

でも、なかなかたくさんの制限があって、僕も慣れるまで大変かも・・・と思いました。
早速お昼御飯が出たんだけどね、ボリュームも味もまあまあでさ、よかったよ、なかなか。

でもって、後ろ髪ひかれる思いでしたが、僕も仕事がありますので1時過ぎに病院をでて仕事場へ。
残りの仕事をこなし、夕方帰宅したら今度は次男坊の3者面談のため学校へ。

6時に終わって帰宅して、洗濯掃除ご飯の支度と・・・


あぁ・・・
体の調子がすこぶる悪い。

ストレスだよお、ストレス。

やることは毎日毎日次々あるし、金はないし請求はガンガンくるし。
どうしようかね、参ったわ。

とにかく、何も考えずにひとまずゆっくり休みたい・・・
俺の人生って、ほんと・・・なんなんだろww

この試練に・・・感謝だね。
感謝するしかない、どんなことにも。
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父子家庭ラプソディ 23

その日の1日の出来事は今でもはっきりと覚えている。
それはまるで、その日だけが切り離されてしまったかのように、毎日同じことの繰り返しをしている日常から、すっかり逸脱した出来事が起こったからだ。

僕たちはいつものように父の病室へと向かっていた。
いつものように家の掃除、洗濯を済ませ、下の子の支度をし病院へ行く。
何も変わらない、いつも通りの朝だった。

父の病室へ着くや否や、下の子はまたどこかへフラフラと散歩に出かけてしまった。
僕はベットに寝そべる父を確認し、父のベットの横に椅子を置いて腰かけ、持ってきた本を読んでいた。
相変わらず窓の外からは隣の建物の白い壁しか見えず、11月の秋晴れの空も、建物の隙間からわずかに見えるだけだった。
父の病室は個室だったので、僕が物音を立てない限り、なんの音もない空間。
時折父の呼吸を確認しなければいけないほど、静かだった。
本のページをめくる音が、いつもより大きく感じられていたぐらいだ。

しばらく時間が過ぎただろうか、下の子も病室と病院内を何度か行き来していたから、1時間程度は経っていたかもしれない。

その時、突然、父が僕の名前を呼んだのだった。
僕は視線を落としていた本から顔をあげ、周囲を見渡してみた。
その瞬間は、まさか父が僕の名を呼んだとは考えず、誰かが病室に訪ねてきたのかと思ったからだ。

父はもう一度僕の名を呼んだ。

「何、お父さん・・・」
ベッドの横に置いていたパイプ椅子を、もっと父のベッドに近づけ、読んでいた本を閉じた。
「俺のこと、分かるの・・・?」

父は、はっきりとした口調で、ああ、分かるよ、と言った後、また僕の名を呼んだ。

「どうしたの、今日は、すごいね」
「小学生のころリトルリーグに入りたいって言って、俺にお願いしてきたな」
「ん?何?」
「やるんだったらちゃんと練習に行くんだぞって言ったけど、途中で辞めちゃったよなぁ・・」
「ああ・・・そんなことあったね」
「たまに試合見に行ってたんだぞ」
「知ってるよ、俺下手だったからあんまり試合出なかったのにね」
「そうだったなぁ・・・」

こんな感じで、すらすらと会話をし、僕の小さいころの思い出話をし始めたのだった。
子供のころ、お前はかけっこが早くてなぁとか、早生まれで体が小さかったから心配だったとか、中学の部活は陸上部だったとか、お兄ちゃんに比べたら勉強はダメだったけど気持ちの優しい子だったよとか、あんまり言い訳しないから周りから誤解されやすいんだよなぁ・・・とか。

時系列もめちゃくちゃでとにかく思いつくままに話している感じだった。
しまいには僕が話しかけることも出来ないほど、父は猛烈に僕の子供のころの思い出を語っていた。
僕の知らない思い出話もたくさんしてくれた。

ここ1カ月、ほとんどしゃべることもなかったのだから、逆に突然こんなにしゃべり始めて大丈夫なのかと思うほど、父はしゃべり続けていた。

途中何度も父の口に水を含ませてやった。

僕はしゃべり続ける父がだんだん心配になり、諭すようにこう言った。

「お父さん、ありがとう・・・いろいろ覚えてるんだね、でも、疲れたでしょそんなにしゃべって。今日はもう休みな、また明日来るから明日も思い出話聞かせてよ、あんまりしゃべりすぎると体に毒だよ。」
と。

でも、本当は僕がもう家に帰れる時間だったから、父の話を遮ったのだ。
僕にはここを出て家に戻ってもやらなければいけないことがたくさんあったのだから。


父は僕の問いかけを理解したのか、僕の目を見て何度かうなずいたように見えた。
それっきり、父はしゃべらなかった。

そして僕たちは、いつものように午後からくる姉と交代し家路に着いたのだった。
それにしても今日はよくしゃべったなぁ・・・どうしたんだいったい・・・と、その意味も知らぬまま家に戻り、またいつもと変わらぬ日常を過ごしていた。



「お父様の容体が急変しました、恐らくあと数時間かと思いますのでご家族の方に連絡を取り病院に来られる方は急いで来てください。」
と看護師から連絡をもらったのは、まぎれもなくその日の、夜もすっかり更けたころだった。



受話器を置いてしばし今日あった出来事を、僕は思い出していた。
父が・・・死ぬ?



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父子家庭ラプソディ 21

やめたい、逃げ出したいといってもそんなこと現実的にできるはずもなく、僕たちはそれがまるで当たり前の日常のように、2人で父の病院に通った。
お菓子と水筒と絵本をリュックに入れ、お気に入りのウルトラマンの人形を左手に握らせる。
車に乗せいざ病院へ。
下の子も慣れたもので、毎日通う病院もすっかり勝手がわかり、スタスタと父の病室へ向かうのだった。
父の病室を下の子が覚えてくれたおかげで、僕は少し下の子から目を離す時間ができた。
勝手に出ていった猫が夕方になると家に戻ってくるかのように、下の子は自分なりに楽しみを見つけたみたいだった。

そうだよね・・・
思えば、離婚して父子家庭になってからというもの、ずっと我慢我慢だったもんね。
一緒に遊ぶ友達もなく、唯一一緒にいるのは父親だけで、その父親でさえまともに自分にかまってはくれない。
下の子は下の子なりに、自分の立ち位置みたいなものを学んだのかもしれない。

たくましいと言えば、その通りなのだが、複雑な気分だった。
まだ幼稚園生だもんね。
本当は子供たちの思うようにさせてあげたい。
わがままを言って誰かを困らせたり、みんなで笑ったり。

そんなこともさせてあげられず、子供たちはいつの間にか自分でなんとかその環境に適応する力を身に着けたのだった。
でもそれは、今の僕にとってはありがたいことで、自分のことは自分でしてもらわなければ生活が立ち行かない。
だから僕も、かわいそうだと思っていても、心を鬼にして毎日厳しく「自分のことは自分でしなさい」と言って聞かせていたのだった。
下の子は小さいころ、ほとんど僕の手を煩わせたことはなかった。
それだけ、あの小さい体目いっぱいに、何かを溜め込んでいたのかもしれないのだけど。

下の子が病院内をうろうろしている間、僕は父のベッドの横に椅子を置き、そこに腰かけて父の顔を眺めていた。
たまに病室に帰ってくる下の子の頭をそのたびに撫でてやり、膝に座らせお菓子を食べさせたりジュースを飲ませたりした。
そしてまたどこかにいなくなる。

18で家を出て、そこから10年以上まともに顔を合わせたことのなかった父は、その面影も危ういほどひどく老け込んで見えた。
今となっては、僕が誰かもわからない。
会話もまともにできなくなってしまっていた。

僕はこのころから、独り言のようにベッドに横たわる父に話しかけていた。
今日あった出来事や、子供たちの成長、僕が小さかった頃の父との思い出、そして、今僕が考えていることや置かれている状況など、思いつくままに父に話しかけてみた。

誰も話相手がいない僕には、それはそれでなんだか心安らぐ時間だったのだ。
父は相変わらず呆けた顔で、それでも熱心に聞いてくれているように思えた。
分かっているのか、分かっていないのか、だけど、病院のベッドで横たわる父は、僕の話を真剣に聞いてくれているような気がしてならなかった。
きっと、そんなはずはないのだろうけど。

若いころ、父と話すことなどあまりなかった。
物心ついてからというもの、正体もないほど酔っ払い、会話どころではない。

だからそれは、とても奇妙な時間だった。
呆けてしまって僕が誰だかもわかっていない父と、音のない病室で向かい合っている。
父に向けて語る僕の声は、僕自身の中から吐き出され、それを父が呑み込んでくれているような感覚。
分かるだろうか・・・
とても奇妙な感覚だったのを覚えている。

下の子が病室に戻ってきて、僕に「もう帰ろう」というから、僕たちは2人で手をつなぎ父の病室を出る。
そんな生活が、1カ月続いたのだった。

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09/29のツイートまとめ

asitanotakeshi

お気に入りの場所 http://t.co/z1mTjP3F3n
09-29 19:39

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父子家庭ラプソディ 21

今日1日を無事乗り越える・・・
そうは言ってみたものの、今の僕には口で言うほどたやすくはない。
「明日」という確実な未来でさえ、容易に想像することができなかった。

毎日毎日生活に追われ、子供たちはどんどん大きくなっていく。
やることは次から次へとなくならないし、そのうえ父が入院で毎日病院に付き添わなくてはいけない。
仕事もできない、金もない、友達とも会えず話相手すらいない。
話し相手どころか1日大人と口をきかないなんて日はほぼ毎日で、融通のきかない子育てに時間だけが過ぎていき、僕は、まったく社会とのつながりを断ち切られてしまっていた。

関りがあるのは、今のところ幼い子供たちと呆けた父だけだ。

家で一人家事と育児をしながら、こんなことをしている場合ではないという焦りと、目の前にあることを投げ出すこともできないジレンマ、それでいて毎日の生活を保障してくれる物も人もいない。
保障どころか、僕が、僕自身が守らねばならぬ2人の子供の未来がただただ重くのしかかり、不安と恐怖、焦りといら立ち、だからと言って自分自身これからどうしていいのか、どうするのが正しいのかさえ分からぬままで、すっかり明日さえも見失っていった。

ただただ、思い出に写真を撮ったりすることや、日々の成長記録を書き留めたり、子供たちの成長を誰かと共有したり、これからどうしていこうかとか、もっと言えば、今日1日にあった出来事、子供たちのことを話したり・・・そんなことさえ、そんなささやかなことでさえ、今の僕にはできなくなってしまった。
話し相手がいないというのは、悩みを打ち明けたり冗談を言って笑いあったり、文句を言ったり喧嘩したり仲直りしたり許したり謝ったりすることができないということなのだ。
こんなこと、当たり前にどんな時でもできると思っていたのに。
「明日」が想像できないということは、つまりこういうことだ。

この虚無感は、毎日の積み重ねでボディーブローのように効いてくるのだった。

自分の身の回りで起きていることを誰とも共有できないというのは、想像以上に辛い。こんな生活を10年も続けていればいつの間にかそれが日常になり、それらを乗り越えるすべも身についてきたのだが、このころの僕にはそんな余裕はなかった。

誰かと話したい・・・
このころの僕は、これがささやかな夢だった。

話がしたい。
誰かに理解してもらいたい。

ただでさえ日々に追われているのに、午前中は父の病院へ行き付き添わなくてはならなくなった。
お昼過ぎから姉と交代できるのだが、その間家のことは何もできないし、小学校にも上がらない下の子を連れてでは、父の付き添いもままならない。

僕たちは毎日2人で父の入院する病院へ行き、個室のベットに横たわる父の部屋で数時間を過ごさねばならなかった。
下の子にしてみれば、まったく面白くもおかしくもない生活。
それに、下の子は腕白なところがあり、ちょっと目を離すと広い病院のどこかに消えてしまう。
目を離せない父と、目を離せない息子。
何も話さない父と、うるさいほどの息子。

疲れる・・・
やめたい・・もう、やめたい・・

自分が一体何のために生きているのか、もうそれすらもわからなくなっていた。
この肉体的疲労と、精神的プレッシャー、さらには慢性的な金欠。

死にたいのはこっちのほうだ・・・

僕はすっかり呆けてしまった父の顔を見ながらつぶやいた。
父はわかっているのかわかっていないのか、呆けた顔をして僕を見ていた。
父の病室の窓からは外の景色が見れなかった。
隣の病棟の白い壁だけが見えていて、僕は父の病室に来るのが憂鬱だった。

特にこれと言ってやることはない。
父がトイレに行きたいと言ったら連れていき、またベッドに戻す。
あとは、ただ見守るだけ。

僕だけがこの世の全てから取り残されたような感覚。
下の子を連れての父の付き添いは、また僕を少し追い詰めたいった。

ただ、誰かと話がしたい・・・

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プロフィール

スパイク

Author:スパイク
茨城県ひたちなか市在住41歳。2人の息子と男3人暮らし。
子供たちもだんだん大人になり、それぞれの人生を歩もうとしています。最後父ちゃんももうひと踏ん張りで、子供たちの成長の記録と父子家庭パパとしての考えを書き留めておこうと思っています。

執筆、講演、お仕事の依頼はメールフォームよりお気軽にどうぞ。
コメントもお気軽に送って下さい。とっても励みになるんで・・・^^




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