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小説 明日はどっちだ 第2章 その⑩

 人数分のコーラを手渡しすると、ソンは僕の隣に腰掛けた。
 僕たちはブルーに塗られたベンチで横1列になってみんなでカツカレーを食べた。
 サンダル履きのかかとをパカパカさせながら、片手でスプーンを持ち片手でコーラのプルトップを開けた。喉につまりそうなほど大量に詰め込んだカレーをコーラで胃袋に流し入れる。食べ物が喉を通っていく感覚を僕はしばらく忘れていた。
「カツやるよ、食えるだろ」
 エリが自分のスプーンにカツを2切れ乗せ、僕の皿に落とした。
「ヒロ、俺のも食べてよ」
 ジュンとソンが交互にカツを皿にいれた。
「サンキュ、優しいね、みんな」
 僕は残っているカレーよりもカツの方が多くなってしまった自分の皿を見て笑った。
 みんなは最近の予備校での授業のこととか、池袋のどこそこでバーゲンがあるとか、どこの大学がなんとかだとか、そんな話をしていた。
 僕は予備校へも滅多に顔を出さないし、今東京の街で何が行われているのかよく知らなかった。
「あぁ、食った食った」
 エリは満足げに伸びをすると、トレーごと地面に置きベンチの中側に滑り込ませた。そして、いつもそうするように目を閉じて何やら小声でつぶやいたあと、カバンの中からタバコを取り出し1本をくわえ1本を取り出し胸ポケットにしまうと、残りのタバコを箱ごと僕の膝に投げた。
「俺、あと1箱持ってるから、銘柄なんてなんでもいいよな、タバコ」
 投げられたタバコの箱にはまだ半分以上入っていた。
 僕は箱からタバコを取り出すとエリのくわえているタバコを口元から抜き去り、自分のタバコに火をつけた。
 ジュンは僕たちが食べたカレーの皿を一人で集め、学食の食器返却口に持っていった。
 みんなのために何もしてあげられないのは、僕だけだった。僕はベンチの背もたれに深くもたれかかり、大きく息を吸い込んでタバコの煙を吐き出しながら「やっぱご馳走になったあとのもらいタバコでの一服は最高だわ」と笑った。

 昼休みが終わっても僕たちはずっとそこに居て話をしていた。
 騒がしかった学食も静まり返って、教室に入っていないの僕たちだけになっていた。
 ソンがコーヒー飲みに行こうよというから、僕たちは連れ立って四谷のミスタードーナッツへと場所をうつした。あそこならコーヒー飲みながら勉強ができるしとか言っていたのに、誰も参考書やノートを広げることもなく気づいたら5時を回ってしまっていた。
 僕にはこんな日常が楽しくて、予備校で出来た友人もみないい奴で東京にもだんだんと慣れてきたし、夕暮れに染まってゆく東京の景色を見ても、忙しそうに歩く人たちを見てもこれといってセンチメンタルな感情は浮かばなくなっていたが、相変わらず一向に勉強する気にはなれず、このままではダメだろうな、今年も、という漠然とした不安だけは絶えず頭の片隅にはあったものの、そんなことはどうでもいいと思えるほど親元を離れた開放感に浸っていた。
 誰も僕のことを責めはしないし、飲んだくれて暴れる父親もいない。何かに怯える必要もなければ、いちいち家に帰るためだけに感情をリセットし無感情を装う必要もない。自分というものがなんなのか、一体どういう人間なのかはよくわからなかったけど、一人でいることの寂しさより、家族でいることの煩わしがないということが、心安らぐのだった。
 
 だけど、一人は寂しい。友達が出来ても東京の街になれても、僕が常に孤独だったことにはかわりはなかったけど、僕が育った環境を知らない人たちに囲まれているだけで、僕には満足だった。しかし、これ以上他人に心を開けない僕は、これ以上の関係を築き上げるのは不可能であることも、よくわかっていた。
 生まれてはじめて自分が育った環境を客観的に見てみて、「今まで俺、何やってたんだろ」という半ばあきらめのような開き直りが感情のほとんどを支配していたが、自分ではどうすることもできないほど、心の開き方など忘れてしまっていた。
 育った環境の不遇さ故に他人に心を開くことができないという致命的な欠陥は、僕をどんどん追い詰める。いつもそうだ。心を開いてしまったら最後、今まで必死に溜め込んできた感情がコントロールできなくなるような気がしていた。
 だから、他人との繋がり方を、僕は知らない。
 どこに行っても誰といても、何をしてても何もしてなくても、いつもどんな時も孤独だった。ひとりじゃないけど一人ぼっち。これが僕の人生そのものだった。
 
 ミスタードーナッツから四ツ谷駅までみんなで歩き、それぞれ違う電車に乗って帰っていった。それぞれが育った家に帰り、今までと同じように今日も1日を終える。
 僕は、この浪人生活が終わったら、一体どこへ帰ればいいのだろうか?そんなことを考えながら、暮れなずむ東京の街並みを電車の窓からぼんやりと眺めていた。

 こんな自分が、大嫌いだ。
 
 
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小説 明日はどっちだ 第2章 その⑨

 四谷にある駿台予備校に着いたのはお昼休みの少し前だった。
静まり返った校内に入り、階段を使って2階にあがり自分の教室の前までいくと、ガラス越しに古文の講義が行われていた。
 テレビなどにも出演し、参考書のたぐいは浪人生のバイブルとなっていた女性講師の講義に皆真剣に耳を傾けていた。
 70人程度は収容できる教室は空席がなく、ノートと黒板を交互に見ながら誰もが同じ動きを繰り返していた。
 予備校で仲良くなった友人の顔も教室内に見つけることができた。
 僕は教室のドアと平行に並んだ壁に後ろ向きでもたれかかりジーンズのポケットに手を突っ込んでいた。10分ほどぼんやりしていると授業が終わり、教室から吐き出される人の波に逆らって僕は教室に入り仲良くなった友人が集まる席へと向かった。
 
「よう、おはよう」
「おはようじゃねーよ、もう昼だろ」
 いかにも東京の若者感あふれるエリが、半ば呆れて半ばおもしろがったような笑顔でつぶやいた。
 身長は180センチを越す大柄で、ほりの深い顔にごつい体型、色黒の青年はその名をエリといった。おおよそ見た目からはアンバランスな名前だが、なんでも実家が教会でクリスチャンの両親にエリという女っぽい名前を付けられたとのことらしい。
 エリは日焼けした顔ほころばせながら長い黒髪をかきあげた。
「寝坊だよ、寝坊」
 僕は椅子に腰を下ろすと面倒くさそうに背もたれに寄りかかった。
「ヒロ、飯食ってないんだろ、学食行こうよ」
 予備校の友人は僕のことを「ヒロ」と呼んでいた。
 帝京高校卒のジュンは神奈川から通っている。
「金ないから、誰かご馳走してくれよ」
「わかってるってぇ、気にすんなよ、昼飯くらい食わせてやるから」
 ジュンはいつものようになんのためらいもなくそう言って笑った。
 実家暮らしの彼は、何かと僕の生活を気にかけてくれた。たまたま予備校での座席が僕の隣だったこともあり、ここではじめてできた友達だった。
 下宿先での生活をポツポツ話すうちに、大変なんだなぁと言っては話し相手になってくれていた。
 ずんぐりむっくりの体型と下がった目尻にヒゲの濃い口元、何とも憎めないビジュアルの彼は、性格もとても優しかった。
 ジュンとエリは机に広げられたままのノートとテキストをカバンにしまうと、誰もいなくなった教室の前の方のドアから廊下に出た。
「そういえば、ソンも来てたよな」
 エリは誰に話すでもなく後ろを振り向くことなくつぶやいた。
「確かあそこの教室じゃないかな」
 ジュンがエリの背中越しに返した。ジュンがでかいエリの後ろをついて行く姿は弟のようだった。
 エリが教室に向かい、ドアから中を見回した後、「ソン!飯!」と言って親指を下に2回降っただけで、僕たちはソンを待つこともなく1階の学食へと歩いて行った。

 学食には予備校生がごった返していて、ほとんどの席は埋まっていた。
「好きなもの食べなよ」
 ジュンが券売機に予備校のIDカードを差込み、僕に券売機のボタンを押すよう促した。
「サンキュ、助かるよ」
 僕はカツカレーのボタンを押すと、両手を顔の前で合わせジュンにおどけて頭を下げた。
「じゃ、俺もカツカレーにすっかな、今日は」
 エリがつぶやくと、じゃあ俺も、と言ってジュンもカツカレーのボタンを続けて押した。
「あれぇ、ヒロ来てたのぉ?」
 尻上がりに話す特徴のある声はソンだ。
 彼は両親が韓国人だが本人は日本育ちという、名前だけが韓国人風の日本人だった。
 東京生まれの東京育ちで、スラリとした色白で、女性のような雰囲気を醸し出していた。実際喋り方も女性っぽいところがあったし、面倒みもよかった。
「おはよう。飯ご馳走になりに来た」
「あ、カツカレーぇ、じゃあ僕もそれにしよぉ」
 ソンはカツカレーのボタンを押し券売機からチケットを取り出すと、「一緒に頼んでおいてぇ」と言ってどこかに消えてしまった。
 僕たちは列に並んでカツカレーを人数分受け取ると、学食の外に出た。学食の外にベンチが数台置かれている喫煙所が有り、僕たちはそこでタバコを吸いながらご飯を食べるというのがいつものスタイルだった。
 ベンチに腰を下ろし膝の上にお盆を載せスプーンでカレーをすくって一口ほおばったとき、ソンが人数分のコーラを両手に抱えて帰ってきた。
「コーラ、飲む?」
 
 たまたま知り合っただけの僕をみんな気遣ってくれていた。
 
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小説 明日はどっちだ 第2章 その8

 空腹というのは、正常な人間としての思考回路を寸断するばかりでなく、まともな精神状態をも破壊する。食べることは生きること。このごく単純な仕組みを薄暗い下宿部屋の畳の上でもんどりうって考えていた。

 しかし、僕が考えていたことは、どうやったらお金が手に入るかとか、どうやったら腹一杯になるかとかそういう建設的なものではない。
 食パンより安く確実にお腹がいっぱいになるものは何かというもの。
 できればお腹が痛くならないものであれば、なおありがたい。
 要は金がないのだから、簡単に言ってしまえば働けばいいのだけれども、もはやそこまで思考が追いついてこない。僕は薄れゆく意識の中で久しぶりに予備校に行こうと思った。

 畳に横になったまま半開きの目を数回しばたいて目の焦点を合わせた。
「どれ、起きるか・・・」
 思っていたより体が重く、ようやく上半身だけを起こした状態で2、3度頭を振った。
 時間はもうすぐ昼だった。
「予備校で昼飯誰かにご馳走になるか・・・」
 独り言をつぶやきながらジーンズに履き替え、勉強道具の入ったリュックは背負わずに部屋を出た。

 ムシムシする6月の東京は快適だった。
 下宿部屋の中にいるより、数倍爽やかで、外って気持ちいいねぇなどと考えていた。
 でもさすがに靴を履くのは暑いので、僕はサンダル履きのまま愛用の赤い自転車にまたがった。
 サンダル履きといっても、若者が履くようなおしゃれなサンダルではもちろんない。練馬駅に程近いもう何十年もここにあるだろうと思われる寂れた雑貨屋の外ワゴンに積まれていた、いわゆる見切り品的なサンダルだ。茶色のプラスチックでできた、よく学校のトイレとかに置いてある、まさにあれを200円で買った。
 茨城から来るときサンダルは持ってこなかったから、もうなんでもいいやと思いながら買ったのだ。靴じゃなければなんでもいい、みたいな。
 もうこの頃になると、東京だかなんだかしらねぇけどよぉ、的なヤサグレに完全に支配されていて、茨城出身で何が悪いんだよ、東京にいるからおしゃれしなければいけないなんて誰が決めんたんだよぉ、みたいなわけのわからない開き直りが出てきていた。
 腹も減ってるし、もうなんでもいいのだ。
 それに200円など、僕にとっては1週間分の食費である。まごうことなき高級品なのだ。

 この頃の僕は予備校に行くルートを変更していた。
 僕だって何も手をこまねいてぐずぐずしているばかりではない。新たなる節約へと行動をおこしていたのだ。
 
 新しい予備校までのルートはこうだ。
 まず、下宿から自転車に乗り練馬駅となりの中村橋という駅まで行く。これは池袋とは逆方面の駅で、一見逆方向へと進んでいるかのように思えるのだが、中村橋を背にしてずっとまっすぐ伸びる道をひたすら行くと、中央線高円寺駅にたどり着くのだ。
 杉並街道と呼ばれるその道を40分自転車で走ると高円寺。高円寺から中央線に乗り四谷へと向かうのだ。 電車に乗る区間が短くなったおかげで、通学費用をカットすることに成功していた。
 また新たに見る東京の街の景色を、自転車に乗りながら眺める。これはこれで僕には楽しかった。なんの楽しみもない予備校生にはいい気分転換だったし、何よりも体を動かすことで、ちょっとまともな人間に戻れるような気がするからありがたい。
 僕はこの自転車通学が気に入っていた。
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小説 明日はどっちだ 第2章 その⑦

 梅雨時のムシムシした下宿部屋の中に、冷蔵庫は無い。 
 食パンを買って1週間食べ続ける生活はいいのだが、僕はこのころ、常に二者択一の選択を迫られることになっていた。
 それは、空腹か腹痛かというもの。
 食パンに限らず、食品の類は、1週間もすれば何らかの変化が起きる。1週間前に買ってきた食パンは、換気をするための大きな窓も冷蔵庫も無いこの部屋で、当然のごとく、腐るという自然現象に悩まされていた。

 毎日の腹の減り具合は尋常ではない。18歳の食べ盛り、そもそも朝ごはんが食パン1枚という生活自体無理がある。しかし僕は、きっちりこの食パン1枚生活を続けていた。
 それは、もはやお金がどうとか、生活が何だとか、そういうことではなく、正常な思考回路が麻痺した結果の成り行きであるように感じられた。
 お昼ごはんは予備校の食堂で、口座引き落としで食事を取ることができるシステムで、口座に残金の無い僕には、予備校の食堂での食事もままならなくなっていた。
 つまり、毎日の食事はこの食パン1枚の朝ごはんと、絶対的に量が足りない下宿での晩御飯のみだ。

 数枚残った食パンには、青緑色の斑点がついている。これを食べるべきか、食べざるべきか。僕は毎朝、この2者択一に悩まされるのだった。
 高々食パン1枚であろうが、僕にとっては大切な朝食であり、栄養源なのだ。これを失うことは辛い。
 毎朝遅い目覚めの中、散々悩むのだが、結局僕はこの腐った食パン口にするのだった。
 いや、口にせねばいけなかった。悩むといってもそれはあくまでも表面上の儀式に過ぎず、そもそも食べないという選択肢など、僕には残されてはいない。
「生きる」というただそれだけのことが、これほど大変なことだったのだろうかと、空腹と薄れる意識の中、ぼんやりと考えてみるのだった。

 青緑色の斑点は、手でちぎって、食べられそうな部分だけを食べていく。
 情けないにもほどがあるのだが、もはや腐ったパンを食べている時点で、すでに常軌を逸している。いや、食べようかどうしようか悩んでいる時点で、だ。
 食べれば必ずといっていいほど数時間後にはひどい腹痛と下痢に悩まされることになるのだが、それも承知の上だった。
 しかし、悪いことばかりではない。腹痛に伴う下痢にもんどりうっている1時間と、その後落ち着いてからの1時間、合計2時間程度は空腹に悩まされることは一切無い。食べ物を受け付けないほど腹が痛いのだった。
 こうなってしまったら、もはや勉強どころではない。頭の中にあることは「お腹がすいた」ということと、「いつ腹が痛くなるか」ということと、「いつこの腹痛がおさまるのか」ということだけだ。
 どんなにお腹が痛くなっても、腹痛の薬を買う金銭的余裕はないわけで、自然の治癒能力にすべてを託すしか方法は無い。
 あまりの空腹時にはタバコを吸い、腹痛が治まったら公園の芝生でごろごろする。そんな生活を繰り返していた。
 タバコは予備校の友達から1本ずつ恵んでもらい、筆箱の中にしまってリュックに入れて持ち歩いていた。
 勉強もしないくせに常に持ち歩いている、参考書や予備校の教科書が詰まったリュックは、もはやお守り程度の意味合いしかなく、頭も腹も空っぽだった。

 予備校に通っても一向に授業の内容は頭に入らず、成績は下降の一途をたどっていった。
 予備校内ではそろそろ夏期講習の受付が始まっていて、選択するコースを各自決め提出するのだが、夏期講習からの授業料を払うことの出来ない僕にとっては、そろそろ予備校内でも居場所を失いつつあるのだった。

 すべての気力が失せていく。
 僕は早くもこの東京生活に対するモチベーションを見失い、日本の中心部、花の都で餓死寸前という、思ってもいなかった生活に疲れを隠すことが出来ないでいた。
 1日3回の食事もとることができず、1日1回の風呂にも入れず、テレビやラジオ、新聞の類は見ることが出来ず、東京の街を行き交う人々のように、きらびやかな衣服を身につけることも無ければ、自動販売機で缶ジュース1本買うことにも躊躇する生活、果たしてこれでいいのだろうか。

 それにしても食パンはもう食べたくない。
 いいかげん、体が受け付けなくなってきた。

 
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小説 明日はどっちだ 第2章 その⑥

 下宿先での朝ごはんをやめ、経済的困窮からはひとまず回避されたのだが、今度は新たな問題があった。
 それは空腹だ。
 そもそも下宿先で出される晩ごはんは、絶対的に量が足りず、さらには朝ごはんを食べないのだからおなかがすくのは当然なのだが、果たしてこの状況をどう打破していけばよいのか、考えてもその手立ては一向に見つけられないのだった。
 東京生活にも慣れ、相変わらずの怠け癖はここに来ていよいよ本領発揮といった感じで、下宿での朝7時からの集団での朝ごはんをやめたせいで、予備校に朝一の授業から出席することも出来なくなっていた。
 つまり、起きられないのだ。
 朝8時過ぎまでだらだらと寝ては、目覚まし時計を見て後悔する。毎日がそんな繰り返しになっていた。
 予備校へは空腹と後悔の中、昼前くらいに行くという、なんとも言えぬ自堕落な生活へと成り下がっていた。縛られなければ何もやらない、駄目人間の典型みたいな生活だ。

 僕は近くのセブンイレブンで食パンを1斤買う。8枚切りの食パンは1日1枚、これで1週間の朝ごはんとすることに決めていた。
 バターやマーガリン、ジャムといった贅沢品の類は当然手に入るはずも無く、ただの食パンを何もつけずに1日1枚、毎日の最悪の目覚めの中食べるのだった。
 風呂は3日に1回入れればよいほうで、4畳一間窓無しの部屋でのこの食パン1枚の朝ご飯は、僕から希望や未来や夢といった、前向きな感情を奪い去るのに十分だった。
 どうにかしたいけど、自分に与えられた状況から抜け出せずに悶々としていた。いや、抜け出せない自分を何かのせいにしてあきらめているだけかもしれなかった。
 富岡ちゃんの言っていた言葉が、頭の片隅をよぎるのだが、自分がこうなっているのはどう考えても自分ひとりのせいではないような気がして、よく分からなかった。
「諦める」ということが、今の僕にとっては前向きな判断であるような気さえして、寝袋の中で食パンをかじりながら、何もかも満たされぬ自分をただひたすら嘆いていた。
 
 そんな自分がたまらなく嫌だった。
 
 しかし、人間腹が減ると真っ当な思考は停止するもので、さらには浪人生という不安定な環境も拍車をかけ、僕はただぼんやりと毎日を過ごすことが多くなっていた。
 8時過ぎに起き、一応の身支度をして外には出てみるのだが、母屋の庭を通らなければ外に出ることは出来ず、母屋のキッチンで後片付けをする大家さんと顔を合わせるのが、ストレスになっていた。
 大家さんの僕に対して抱く感情は、聞かなくても容易に想像がつく。
 もうすっかり世間は動き始めている。駅に向かっても、電車に乗っても、どこに行っても自分だけがひたすら取り残されているような気がした。
 下宿は出るが予備校には行かず、練馬駅前のパチンコ屋や、四谷の予備校裏のパチンコ屋に入り浸ることもしばしばで、父親からの餞別でもらった1万円も、朝ごはんをやめて1日1枚の食パン生活で得たいくばくかの金も、結局は浪費するだけで、何の生産性も生まなかった。
 パチンコもたまに勝てば、今までの負け分が戻ってきたような感覚になるからやめられない。パチンコで当たり前のように浪費する生活は、もはやライフワークといって良いほど、僕の生活に密着し定着していった。
 はじかれるパチンコ玉を眺めながら、「このままではいけない」と頭では分かっているのだが、パチンコに勝ち景品で大量の食料品を手に入れると、なんだか、これでいいような気もするのだった。
 朝ごはんをやめていくばくかの金を手に入れるという、自分の判断の正当性を主張するためにも、浮いたお金でご飯を買って食べるということはせず、あくまでもパチンコの景品という2次的な方法で手に入れた食料品に僕は満足感を覚えていた。

 しかしながら、パチンコやゲームセンターなどで浪費を繰り返せば、あっという間にまたもとの経済的困窮に逆戻りすることは世間の常であって、空腹と後悔と浪費を手に入れた僕の朝ごはん抜きの生活は、どうしようもない自分自身の性格ともあいまって、更なる経済的困窮という事態を引き起こした。
 悪い方にしか展開していかないという認識は自分自身あったが、倒産寸前の会社の社長や重大な罪を犯したにもかかわらず逃げ惑う逃亡犯よろしく、僕も更なる悪あがきへとエスカレートしていくのだった。
テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

スパイク

Author:スパイク
茨城県ひたちなか市在住41歳。2人の息子と男3人暮らし。
子供たちもだんだん大人になり、それぞれの人生を歩もうとしています。最後父ちゃんももうひと踏ん張りで、子供たちの成長の記録と父子家庭パパとしての考えを書き留めておこうと思っています。

執筆、講演、お仕事の依頼はメールフォームよりお気軽にどうぞ。
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