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明日はどっちだ 第2章 その②

 母屋の壁はわりとしっかり作られているらしい。
 押入れの中から聞こえる唸り声のようなものに気づいたのは、この部屋に来て少したってからだった。大家さんも気を使っていたのか、それとも何らかの理由で休止していたのか、まあ、そのどちらの理由にしろ、僕にとってはこの上なく迷惑な話なのだが、とにかく最初の数週間は何事も無く過ぎていた。
 いつものように学習机に座り、勉強をしていると、どこからか複数の人が言い争っているような声が聞こえるのだ。言い争っているにしては単調なリズムで、僕は窓を開けたり外に出たりして、その声の正体を突き止めようとした。しかし、どこに行っても何も見つけられないのだった。
 部屋に戻り、その単調な声のほうを注意深く探ってみると、どうやら押入れの中から聞こえてくるらしい。頭の中はフル回転で、まさか押入れの中にドラえもんがいるわけでもあるまいし、一体どういうことなのか。恐る恐る押入れを開けると、よりいっそうその単調な声は大きく聞こえるのだった。
「なんだ、これは」
 般若心経を、聞いたことは無い。
 押入れに入り込み、壁に耳をつけてよく聞いてみると、十数人はいるであろう大合唱で、なにやら皆同じ事をぶつぶつと呟いている。時折仏壇の鐘のようなものを鳴らしては、それをきっかけにますますエスカレートしていく。何がなんだか分からぬあまりの恐怖に、はじめは押入れを閉めひざを抱えてうずくまっているのが精一杯だった。

 約1時間何かを唱え続けた後、ようやくもとの静寂に戻る。一体、母屋では何が起こっているのだろうか。
 これが毎週土曜日の夜8時過ぎになると始まるという法則を見つけたのは、つい最近のことだ。
 大分慣れてきて、「あ、いつものが始まったな」程度の感覚にはなっていたのだが、やはりこの小さな部屋にいる以上、気になって仕方がない。まったく集中も出来ないし、とにかく勉強どころではない。
 富岡ちゃんからは「いつでも遊びに来ていいよ」と言われていたが、未だ一度も部屋に遊びにいったことが無く、まあ、言ってみれば行くきっかけが見つけられなかったわけで、この土曜8時のセレモニーは、部屋に遊びに行く格好のきっかけにはなった。
「富岡ちゃんにも教えてやるか」
 何度目かの土曜8時に、とうとう富岡ちゃんに教えることにした。
 手ぶらで行くのも気が引けたのだが、もって行って喜ぶようなものは何一つ無い。
 基本的には、部屋の行き来は原則禁止になっているので、カモフラージュの意味も込め、部屋の電気はつけっぱなしの状態で鍵をかけ外に出た。
 富岡ちゃんの住む母屋の2階へは、その部屋に行くだけのためにつけられた鉄製の階段を上っていく。2世帯住宅のような造りだ。その階段はちょうどキッチンの真裏につけられており、キッチンの曇りガラスの向こう側に人影は見えなかった。
 錆びかかった鉄製の階段は、足を踏み入れるたびに軋み、どんなにゆっくり上っても、サンダルのかかとがあたる音は消せないのは困った。
 仕方なく僕はサンダルを脱いで右手に持ち、左手で冷たい手すりをつかみながら、階段を1つ飛び越しながら大股で上っていった。
 ようやく上りきるとクリーム色のドアがあり、丸い銀色のドアノブに鍵穴は無かった。
 音を立てないようにゆっくりとドアノブをまわして中に入ると、玄関がある。玄関にはいくつかの靴が乱雑に置かれていて、正面と右側に部屋に入るためのドアがあった。右手に持っているままのサンダルも、玄関に置いた。

 母屋の2階が2部屋だということは知らなかった。どっちが富岡ちゃんの部屋だろう。もう片方の住人が誰であるか知らない以上、この選択を間違うわけにはいかない。
 両方のドアの前でどちらを開けるか考えていたが、正面のドアからもれるタバコの煙とコーヒーの香りで、ここが富岡ちゃんの部屋だと気がついた。

 外の入り口のドアと同じようなベージュのドアを2回ノックした。
 こっちのドアノブには、鍵穴がついている。
 富岡ちゃんはまったく迷惑がるそぶりも無く「よく来たね、入りな」と言って僕を部屋に招きいれてくれた。部屋に入ったら、喫茶店を思いおこさせるほどの強烈なコーヒーの匂いがした。
 学習机の上に置かれたラジカセからは、音を小さく絞ったラジオが流れていた。
 正面にある窓はほんの少しだけ開いていて、窓の上にかけられた緑色のカーテンは、ゆっくり呼吸するときのそれと同じように、少し膨らんではまた元に戻るを繰り返していた。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

Tag:小説 明日はどっちだ  Trackback:0 comment:2 

プロフィール

スパイク

Author:スパイク
茨城県ひたちなか市在住41歳。2人の息子と男3人暮らし。
子供たちもだんだん大人になり、それぞれの人生を歩もうとしています。最後父ちゃんももうひと踏ん張りで、子供たちの成長の記録と父子家庭パパとしての考えを書き留めておこうと思っています。

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